Harada Masahiro Lab

原田真宏研究室ゼミ活動 「SYU-MAI」HP

修士課程入学試験に必要な事前面談についてのお知らせと注意点

修士課程入学試験に必要な事前面談についてのお知らせと注意点

原田真宏です。原田真宏研究室では今年の修士課程入学試験に必要な事前面談を、内部生・他大生共に「6月12日14:00〜」にZOOMにて実施します。

要項上の事前面談の最終期日は6月16日ですが、少し余裕を持って行うことにしています。この日、どうしても都合のつかない学生はその旨を知らせてください。

面談希望者は私のメールアドレスharada18@shibaura-it.ac.jpへ連絡してください。面談に先立ってポートフォリオ(含:顔写真付き履歴書)をデータ(PDF形式)にて提出するようにしてください(データが重い場合はデータ便等を利用のこと)。

この事前面談で受入許諾を出すかどうかの判断をしますが、その基準は主としてポートフォリオとなりますので、注意してください。

(原田真宏/02Jun2020)

123回「密度」

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フライヤー作成 : 波多

 令和二年度原田真宏研究室B4によるSHU-MAI第4回目を迎えました。

今回のテーマは「密度」です。「3つの密」を避けようなどといった「距離の近さ」や「事物の粗密」を示す場合もあれば、物理では「単位体積あたりの質量」を示します。どちらも建築にとって関わりの大きいものでしょう。そこで「密度」から考える建築/空間を考えます。

 

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122回「多重」

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フライヤー作成:波多

令和2年度原田真宏研究室B4生による

SHU-MAI 第3回(通算122回目)

 

 テーマ「テレ触覚」で行った前回SHU-MAIでは「感覚の語り尽くせなさ」に議論の焦点が当たり、侃々諤々の議論が繰り広げられた。

  触覚というのは感覚であるから、当然すべてを言語化することは不可能である。が、その「語り尽くせなさ」の所以とは何なのか?

  限られた時間の中でこの難題の答えを見つけるのは土台無理な話であるが、各自持ち寄った制作物を批評しあう中で前回最優秀案・小竹案に一応の着地点を見つけることができた。

  「感覚の語りつくせなさ」とは感覚の分節不可能性、唯名論的発想に近いとも言える「感覚の多重性」に由るのではないか。

  小竹案が示した「表面」は簡単には語りつくせない。木の表面形状、マテリアル、視覚から想起させられる触覚、脆弱性, etc.複数の要素が明確な境なく重なり、それらが1つの感覚として統合されている。この重なり=「多重」こそが「感覚の語りつくせなさ」の要因の1つなのではないか。と我々は前回、このように結論を出した。

 

 というわけで(?)今回は「多重」をテーマに各自作品を制作した。振り返りが少し長くなってしまったが以下に今回作品を掲載してゆく。今回は参加者が少なく票が割れたため4作品掲載する。順不同。発表順。

 

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121回「テレ触覚」

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フライヤー作成 : 小野

 令和2年度原田真宏研究室B4生によるSHU-MAI第2回(通算121回目)。前回では「スケール」の相対性について迫り,画面共有やアニメーション・ゲーム的体験などオンラインならではの表現方法を生かすなど主に「視覚」的な案が目立ちました。

建築物は二重のしかたで、使用することと鑑賞することとによって、受容される。あるいは触覚的ならびに視覚的に、といったほうがよいだろうか。

 ヴァルター・ベンヤミンは「複製技術時代の芸術」でこのように述べ,建築の「視覚的な受容」のみならず「触覚的な受容」のしかたに着目しました。続けてベンヤミンは映画と建築の両方を「触覚的な受容」という点で繋ぎ留めようとします。わたしたちがzoomを用いたオンラインでのSHU-MAIを行う時,各々のPCのスクリーンを見つめ続けなければなりません。これは映画の受容のしかたとほぼ近しいと言っても言い過ぎではないでしょう。

 そこで第2回のテーマは「テレ触覚」と設定しました。「触覚」という観点から建築を捉え直すこと。また,模型では比較的簡単に表現可能だったマテリアルの手触り,物質性をスクリーンで再現できるのか(もしくはナラデハの物質性?)という試みでもあります。第2回はすこし遠めに問いを投げかけました。

 

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120回「めちゃくちゃ小さい」

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 令和二年度原田真宏研究室B4生による第一回SHU-MAI。通算で百二十回目となりました。新型コロナウイルス感染状況により初のオンラインでの開催となり,最初のテーマは「めちゃくちゃ小さい」。情報空間においてスケールを簡単に保留できる点から,その特性を生かした新しい建築,あるいは建築表現を考えました。

 

 ここでは「大きさ」とせずに「小ささ」の観点から建築を捉え直す,としています。ウイルスのような目に見えない極小のものが人々の生活を一変したように,小さなものが大きなものを変えるポテンシャルを秘めていること,その「小ささ」ゆえの可能性に着目しました。

 住まいの最小化に目指した増沢洵の「最小限住宅」, 設計単位の最小化を目論んだルシアン・クロールの100mmグリッドの概念,「小ささ/大きさ」の概念に揺さぶりをかけたチャールズ・イームズ,妻のレイ・イームズ夫妻による"Powers of Ten"などに目を配りつつ,現代における「小ささ」の概念に揺さぶりをかけるような案が期待されました。

 

 

最優秀に選ばれたのは小野案。

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(以下,出案者による説明)

「身体の解釈する『小さい』」日本語訳
そのものがそこにある気配がありつつも、接近して、眼球の焦点を合わせて初めて見ることができる状態。

そのものがそこにある気配→点対称のプラン。
接近して初めて見える→点光源を空間内に配置、ハーフミラーで間仕切り。
焦点を合わせる→ハーフミラーを波面状にする。

空間体験
ハーフミラーから離れているとき、体験者は光源の反射で、間仕切られた奥の空間を見ることができない。しかしハーフミラーに近づいたとき自分の落とす影によって奥の空間を見ることができる。ただし、ただ近づけばよいという訳ではなく、ハーフミラーが波面状ゆえに、特定の場所以外では反射によって見ることができない。
点対称の空間を不規則なハーフミラーが間仕切ることで、奥の隠された空間を予感させる。

 

「接近」によって「めちゃくちゃ小さい」開口が穿たれ、空間の拡がりを生むという秀逸な案。「距離」や「光」などの空間構成要素を扱った真摯な設計姿勢に評価が集まりました。

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119回「虚構」

一等:なし

 

講評:関健太

 

本年度12回目です。

 

4年前期も残りわずかとなってきました。

 

 

 

テーマ「虚構」

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虚構とは、事実ではないことを事実らしく作り上げること。つくりごと。フィクションのことである。

 

世のコンペにおいて虚構は付き物である。実施コンペにおいても名だたる設計事務所のパースの全てがフィクションであると言っても過言ではない。それだけ事実らしく作り上げるつくりごととしての表現は建築を伝達する際に必要な能力と言える。(fiction 1)

そしてそのような完成系としての建築的フィクションも存在すれば、提案内容をあえて事実的関係から外してコンセプト模型として提示する場合もあるように思われる。それもまた虚構という言葉にふさわしい伝達方法としての建築表現である。(fiction 2)

 

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fiction 1

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fiction 2

fiction1は林の作品である。模型自体は塩ビ板を用いた簡素な立体のため、掲載していないがプレゼンにはそれなりの内容が存在していた。

建築の構築している壁は光を反射させ、あるいは通過させる素材でできている立体物である。それにより、周辺の環境が投影されたものと奥に移る現実の風景が重なるというファサードを形成する。

そこで描かれているのは体験として現れる目の前の景色が、人が自ら認識することが難しくなる環境を建築を通して築いているということである。

異る景色が重なることにより、生まれる二重性のある景色が人を戸惑わせるのである。そこに事実から乖離した虚構なる形態美があるのではないか。ある種のコンテクスチュアリズムから生まれた虚構の形態化である。

 

続いてfiction2は関の作品である。これは1つの建物が4面が異る店舗でできているというもの。その一店舗に人が入ろうとしている場面である。

これも実にフィクションである。ありえないもの。しかし、これについて1つ言及するならば、異る性質を持つお店が共存し、1つの建築を形成しているということを前提に考えると、特徴的な4面のファサードではなく、その先の、中に入っていったあとの内部空間に新たな可能性があるのではないかということである。

一般的な商業としては各店舗が独立し、それぞれの運営を行っている。それをどこかの企業が統括し営業することで、我々のよく知るショッピングモールができているというわけである。しかしこの作品では違う店舗の独立していた内容が、内部でミックスされた関係性が生まれるように内部空間が構想できないかといったコンセプトの提示が行われるようにあえてフィクションとして作っている。新たなコラボレーションを模索した虚構の形態化であった。

 

どう伝えるかということの重要性が、今回の虚構から見えてきたように思われる。

おそらく我々が学部の集大成として取り組む卒業設計もそのほとんどかフィクションである。それをどれだけ事実らしく、そして面白く表現するか。

とても大切なことを再確認できたような気がした。

 

 

参加者:斎藤、関、土田、中、林

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

118回「出会い」

一等:藤本翔大

 

講評:関健太

 

本年度10回目。

 

いったいどのような出会いが形に表れているのだろうか。

 

テーマ「出会い」

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一等案は藤本案。

2つの壁が平面的に限りなく接近し、その先の景色へと人々を導こうとしているもの。

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1等作品

その先へと対象の人間を誘って入るものの、その先へ進むかの判断は対象の人間に委ねられている。それが判断の自由として人間が行動できるところに空間としての豊かさが備わっているのかもしれない。

 

先が限りなく先細ることによって生み出している向こう側のかすかな光は、人々を行動させるきっかけとなるだけでなく、空間と空間を繋げるひとつのアイデアである。

 

各提案には様々な出会いの形があったが、多くに共通していたことは出会いというものが対象の人間(自分)の主体的な行動が備わっていること、言い換えれば選択の自由が与えられていることであったように思う。

 

敷地としての制約、プログラムの有り様、構造としての趣など、様々な対象と対峙する建築において、それらを扱う人々が自由に出会いを発見して行けるきっかけの気づきとして今回の議論は大切であった。

 

前期もいよいよ終盤戦。

努力は続く。

 

次回テーマ「虚構」

 

参加者:栗田、斎藤、関、土田、関、丹下、竹田、林、藤本、渡辺