2024年度 原田研究室「SHU-MAI文庫」
第6回『重心』が5/31に開催されました。
課題文;
自分はどこに重きを置いて生きているのか考えたことはありますか。それは各々の価値観によって大きく異なるでしょう。外的成功のみが叶った世界線、内的成功のみが叶った世界線、それぞれの人生を送ったときの自身の終末の場を提案してください。
補足文1;
現代の社会は基本的に資本主義的考え方を前提として回っており、価値のあるなしはすべて市場経済において利益があるかないかで判断されています。会社の成功は株主を儲けさせることであり社会的意義は二の次とされてきました。しかし、今利益を減らしてでも社会的意義を求めるような企業が世界中で台頭しつつあり、当たり前とされていた価値観が大きく変わりつつあるのです。そんな時代だからこそ自分が追い求めるものはなんなのか、履歴書で書けるような実績を残すことなのかそれとも弔辞で読まれるような自分が死んだとき周りの人間の心に残る利益では測れないものなのか、どこに人生における重心を置いて生きているのか自分の立ち位置を示してほしいと思います。
補足文2;
どこに重きを置いているのか、人生における重心の位置はどこであるのか。
自分が理想とする実績(履歴書)と弔辞、対極にあるその二つをそれぞれ書きだしてみるのも何か手掛かりになるかもしれません。
あなたの重心の位置は。
※ SHU-MAI文庫についての概要と要項は下記の「SHU-MAI文庫」を参照ください。
目次
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|前回はこちら → SHU-MAI文庫 第5回『性』|
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SHU-MAI文庫 第6回『重心』
今回は廣澤陸による『重心』についての出題でした。
学ー
今回で折り返しを迎えた2024年度原田研究室SHU-MAI「SHU-MAI文庫」では、引き続き「波及されていく開かれた議論の場」を目指し、今後も活動してまいります。ぜひ皆さんの参加と見学をお待ちしております。
※大学からの見学希望については、原田研究室Instagramか原田研究室B4への直接の連絡をお願いいたします。
第6回参加者
原田研究室生
- 大池智美
- 細田雅人(SHU-MAI係)
- 田川歩知
- 廣澤陸
- 半田洋久(SHU-MAI係)
- 栗林亜佐子
- 森日菜子
- 鈴木創
外部参加者
- なし
各参加者成果物
賞一覧
※ 議論の焦点をより明確にするために、部分的にコンペ形式を導入しております。
・SHU-MAI賞 1点
・出題者賞 1点
・議論賞 1点
1. 大池「mirror of puddle」
選定図書
タイトル; モモ
著者; ミヒャエル・エンデ
要旨;
制約のない自由な時間を求めて効率化を目指してきた私たち。しかし本当に豊かな時間は増えたのか。足元に映る自分の姿にあなたはふと気付くだろう。小さな画面ばかり見つめて、空を見上げることも忘れていたことに。
出題者によるフィードバック;
「モモ」という小説と現実を重ね合わせながら無意識的に効率化の奴隷となってしまっている現代人に対し、自身を客観的な視点から見つめ直し、自己について再考するきっかけを生み出す装置の提案であった。本当の豊かな時間とはなにか、はたして現代人は空の美しさに気づけているのか、日常の中の隠れた小さな彩に目を向けようとする視座には共感したが、あれだけマッスな平面である必要があったのか、床である必要はあったのか、鏡面を地面に設置するという提案自体がすこし投げやりになってしまってしまっているのではないかと感じた。
2. 栗林案「度外視の壁の克服」
選定図書
タイトル; 空間のために"偏在化するスラム的世界のなかで"
著者; 篠原雅武
要旨;
外の混沌とした世界から自分の日常世界を守るため、人は壁を建てる。不自然に作られた幻想の平和な内側では外側のことには積極的な無関心を貫き、壁は度外視の壁ともなる。これを乗り越えるにはまず聞き、見て、学ぶこと、そして恐怖を克服し外の"世界"と接続する。
出題者によるフィードバック;
ファストファッションの裏側に隠れた劣悪な労働環境を例に、日常を生きる中で見て見ぬふりをされてしまうような、弱者に対する不寛容を知覚できる自発的な行動プロセスがコンセプト模型として表現されていた。「領土性」や「度外視の壁」といった概念を引用し、不寛容を知覚しない根底には恐怖があるという観点から、ゆるやかに壁を解体していくという手法は、自発的な行動を促すという点では共感を呼んだ。
3. 鈴木案「現代版仮面劇 -演者控室-」
選定図書
タイトル; イメージ:行為と演技-日常生活における自己呈示
著者; E・ゴッフマン
要旨;
受益者というパフォーマーが演じる現代舞台<偽似-共同社会>に生きるエゴは投企された役柄を演じることで組織から暗黙の支持を得ることができる。社会化された自己と人間臭い自己の整合性を担保するために、われわれはもう一枚仮面を被る必要がある。
出題者によるフィードバック;
人間は社会に生きる上で何らかの役柄を演じている。成果物としても、実装を前提とした提案であり本質的な議論がなされたのではないだろうか。効率化された現代では意味を持ち得ない、生産性のない行為を足掛かりに自己の重心の所在を確かめるような考察は大変魅力的であった。一方で、本作品で提案されている仮面をかぶるという行為によって、はたして社会的ではない本来性のある自己が獲得されうるのかという点においては少々懐疑的である。
(議論賞受賞作品)
4. 細田案「透明人間のいろり」
選定図書
タイトル; 透明人間⇄再出発
要旨;
「重心」とは先天的な要因による縛りであり、人は透明人間になることで、縛りを断ち切り自由を得る。透明人間になれる映画館と電車内の特性を考察し、先天的な環境である実家のリビングで「重心」からの解放を図る。
出題者によるフィードバック;
個々の重心というものは、自身の生い立ちや周辺環境によって決まる密度の偏りであり、重心を置くという行為自体が仮説的な行為であるという重心の根源に着目した発想に巧妙さが光った。外的環境という手に余る範囲へのアプローチではなく自己を透明にするという逆説的発想と、そこから現実世界の事象を例に挙げながら実際に実装する装置としての提案への飛躍が秀逸であった。
(SHU-MAI賞受賞作品)
5. 田川案「隙間人間」
選定図書
タイトル; 星の鳥
著者; 藤原基央
要旨;
絵本から重心の移り変わり、詩から人と人との重心の在処を読み取り、建築に置き換え、隙間について考える。資本によって生み出された建物の隙間にこそ、資本から解放された純粋な豊かさを見出せるのではないだろうか。
出題者によるフィードバック;
自己とは確固たるものが存在しているのではなく他人との関わり合いの中から形成されるという点に共感した。物語を引き合いに、現代人が忘れてしまった資本主義の根幹に迫るような視点に大変感銘を受け、本来資本主義というシステムは人々の幸福や繁栄を目的として生まれたものであると再認識させられた。実装を視野に入れた提案ではあるが、人間同士の繋がりから建築の間へと対象が限定されてしまった点に関しては少々物足りなさを感じた。前段としては最も共感し、心を打たれた作品である。
6. 森案「動物に学ぶ、人を取り囲む「まっさら」の中で何を見つけ生むか」
選定図書
タイトル; 猫の建築家
著者; 森博嗣
要旨;
自分と他者、両方の内的成功には関わりのきっかけと場のポテンシャルを見抜くことが必要。建築家である猫は既にある価値をまっさらにし美を追求。愛犬も多角的に見通せる場で初めましてを作る。人も見つけられるだろうか。
出題者によるフィードバック;
出題者の意図を読み取り、自身の重心の位置を明確に示したうえで、「観察眼を得る」という解答にたどり着いた点がユニークな提案であった。動物の視点が自己の視野を拡張しうる要素になりえるのではないか、という漠然と過ごす日常の中から新たな発見を見つけ出そうとする姿勢に感銘を受けた。
7. 半田案「群衆と外構」
選定図書
タイトル; 思いやりはどこから来るの?ー利他性の心理と行動
著者; 髙木修, 竹村和久 編
要旨;
群衆を眺める窓、外側にノブのついてない重厚な扉、一方には開かれた外構、足元を耕して積み上げる日干しレンガの敷居、ハリボテの群衆。
「共感ではなく応答」、共感した人だけが正義な訳がない、自分の姿勢が大事なのだ。
他人事となんか思っていない。しかし本当に私がやるべきことは、誰かが作ったガス抜きムーブメントに乗っかり大きな声を上げることではない。群衆を前に姿を晒し続け、批判的な姿勢を崩さないことだ。共感ポルノに浸ってるうちは所詮リトルピープルにしかなれない。
「自分の存在そのものが利己的、ならばせめて自分のふるまいこそ利他的でありたい」
今回可視化したものは、そんな私の信念に基づいた自我を守るための精神の外構である。私は今日も足元を耕し、時にスマホの画面から群衆を除き、外構を積み上げ続ける。
出題者によるフィードバック;
「共感ではなく応答である」、利他的であるとはなんであるか自己の重心の位置を探るような論点を軸に、精神世界を可視化した提案であった。自分の中にある矛盾した想いと向き合いながらも空間化というプロセスを経ることで自覚的になる手法は魅力的であり、設計手法として実装できるのではないかという可能性をも感じさせた。最も主観的な提案である一方で、客観性をも持ち合わせており他者の重心をも揺さぶるような議論へと発展したという点で、出題者賞とした。
(出題者賞受賞作品)
8. 廣澤案「疎外された自己」
選定図書
タイトル; 暇と退屈の倫理学、26歳計画
著者; 國分功一朗、椋本湧也
要旨;
自分で自分を虐げてしまう、現代的疎外を抱える人々に向けて。
観るものが自己の環世界を知覚しうる建築を設計した。
出題者によるフィードバック;
出題者につき無し
発表と質疑の様子
出題者総評
重心という極めて主観的であったテーマに対し、社会学的なモノから内省的なモノまで枠組みを横断した多種多様な視点からの考察が集まり、出題者として嬉しく思う。「自己」を形成する主体とは何であるか、資本主義的観点から考察された作品、極めて内省的な考察がなされた作品、周囲の環境や社会における立ち位置を起点に考察された作品の大きく3つに大別された。
成果物に関しては、8分の4作品が実装を視野に入れた作品ということもあり定量的な議論が行われたように思う。
出題者賞としては、自分の信念を主軸に精神世界を可視化した半田案を選出した。提案自体は精神世界を可視化するという極めて主観的なモノであったにも関わらず、客観性をも持ち合わせており、各々の重心の所在を確かめるような議論への発展がみられたため出題者賞とした。
SHU-MAI文庫の開催も6回目を迎え、残り回数も少なくなってきた。各々の表現方法を確立させ始めている者もおり、今後のSHU-MAI文庫のみならず卒業設計への期待も高まる回となった。
文章 : 廣澤陸
次回のテーマ
第7回テーマ :『共用製図室から考えるコモンズ』
課題文;
共用製図室での共同作業を日常とする私たちにとって、コモンズの議論は決して縁のない話ではない。しかし、コモンズは単に場所を定義すれば存在が成立するものでもない。共用製図室の利用者として、コモンズについて皆で今一度考えたい。
補足文1;
コモンズの定義は、学術においてですら語られる文脈によって様々だ。そのため、具体的に定義を示してしまうのは非常に勿体無い行為である。一般の概念を端的に示すのであれば、人々が交流する役割をもった具体的な場所となるだろう。そしてそれは、私的空間でも公的空間でもない第3の居場所にある。しかし、コモンズという存在が現実にその存在を維持できている場合、往々にしてそこには何か別の目的や機能、道具を媒介していることが多い。補足として、筆者が直近に身を投じて興味深いコモンズだと感じた場所を列挙しておく。
・東京都 / 上野恩賜公園 / 平常時
・埼玉県 / 久喜提灯祭り山車倉庫 / 山車整備時
補足文2;
この出題の趣旨は「共用製図室にいる皆で考えたい」というものであり、「共用製図室から着想を得て」という意味ではない。勿論共用製図室を題材にした作品でも問題ないが、各々が自由に連想するコモンズへのアウトプットを望んでいる。形式も文脈も問わないが、コモンズとは一般に場所を指す言葉である為、共的な場所を題材として選定すると良いだろう。もしコモンズの具体的なイメージが想像できない場合、Webメディア『CURIOATE』に筆者の連載が載っているため、そちらを参照するのも手である。
詳細
|日程・・・・6/14 (金) (変更しました、こちらの情報が正しいです。)
|時間・・・・18:00~21:00 (予定)
|場所・・・・豊洲キャンパス 本部棟9階 ラウンジ
|成果物・・・選書1冊, 任意の表現物
|参加資格・・芝浦工業大学の学生であること
|展示場所・・豊洲キャンパス 本部棟9階 原田研究室ブース 可動棚(画像参照)
※ 諸事情により、SHU-MAI中に議論の撮影を行います。見学の方、発表者の方はご了承ください。
※スケジュールの変更がありました。はてなブログSHU-MAI文庫をご確認ください。
注意事項
※ SHU-MAI文庫の要項については「SHU-MAI文庫解説」をご覧ください。
※ SHU-MAIはどなたもご自由に見学いただけます。所定の時間と場所にて、メンバーにお声がけください。
※ 詳しくは、展示場所にもなっている原田研究室ブースの可動棚に置かれたフライヤーをご覧ください。どなたもご自由にお取りいただけます。
※ 不明点がありましたら、原田研究室InstagramのDM、または原田研究室生B4に直接ご連絡ください。
皆様の参加と積極的な議論と表現をメンバー一同お待ちしております。
原田研究室 Instagram : https://www.instagram.com/harada.lab/
外部展 詳細
次回のSHU-MAIまでに別で記事でSHU-MAI文庫展の情報を発表します。
多様な展示だけでなく、参加型企画も用意しております。ぜひお楽しみに!
展示期間内は「SHU-MAI文庫」メンバーが在廊し、イベントなども計画しております。
|会期・・・7/2 (火) ~ 7/4 (木)
|時間・・・9:00 ~ 17:00
|場所・・・芝浦工業大学 豊洲キャンパス 有元史郎記念交流プラザ
|入場料・・無料
|SHU-MAI文庫 第7回『共用製図室から考えるコモンズ』はこちら → https://hmstudio.hatenablog.com/entry/2024/06/19/124738|
執筆 : 半田洋久