Harada Masahiro Lab

原田真宏研究室ゼミ活動 「SYU-MAI」HP

第149回「嘘」

2024年度 原田研究室「SHU-MAI文庫」

第2回『嘘』が4/26に開催されました。

第2回フライヤー|デザイン, 出題 : 細田雅人

課題文; 

偽物は、建築教育においてタブーのように扱われているが、実際の街にある建売住宅のほとんどは、コンクリートやレンガを模したサイディング、木目をつけた樹脂素材など、嘘にまみれている。このような現状について、建築学的に議論したい。

補足文1; 

外装に限らず、コンクリート打ち放し風のクロスや人工大理石、木目シールなど内装や家具にも嘘は大量生産されている。経済的な理由だけを考えれば、わざわざ何かを模したデザインである必要はないだろう。

建築の嘘は素材を欺くことだけではない。映画や舞台のセットや、看板建築など、存在や形態そのものを欺く場合もある。

映画トゥルーマン・ショーは、主人公の住む世界が全て偽りであり、主人公のトゥルーマンは真実を知らないまま大人になってしまった。ビルはハリボテで、空は書割、天気すらも人為的に操作されている。私たちの世界に話を戻す。目の前にある机の天板は本当に木材なのか、目の前にある壁は本当にレンガなのか、開いたことのないドアの先には本当に部屋が存在するのか。建築と嘘について考えてください。

 

※ SHU-MAI文庫についての概要と要項は下記の「SHU-MAI文庫」を参照ください。

 

目次

 

***

 

|前回はこちら → SHU-MAI文庫 第1回『群像』

 

***

SHU-MAI文庫 第2回『嘘』

今回は細田雅人による『嘘』についての出題でした。偽られて私たちの目の前に現れてくるものは、注意深く観察してみるとありふれたものです。それらは一体悪なのか、何かその存在を肯定的に捉えることはできないのか。建築学的視点から議論しようと試みる出題でした。

引き続き外部参加者が参加してくれたことに加え、今回は多くの見学者に来ていただけました。なんと、芝浦他学年生に限らず他大学の生徒にもご来場いただき、述べ10人以上の見学者がいらっしゃいました。これは、原田研究室の活動が外に開かれた波及的に広がっていくダイアローグを目指した当初のコンセプトが、早くも良い形で現れてきているのではないでしょうか。引き続きみなさんの参加、見学をお待ちしております。

※大学からの見学希望については、原田研究室Instagramか原田研究室B4への直接の連絡をお願いいたします。

全体の風景|撮影; 半田洋久

第2回参加者

原田研究室生
  • 大池智美
  • 細田雅人(SHU-MAI係)
  • 末松拓海(ゼミ長)※神戸よりzoom参加
  • 田川歩知
  • 廣澤陸 ※代読による参加
  • 半田洋久(SHU-MAI係)
  • 栗林亜佐子
  • 森日菜子
  • 鈴木創
外部参加者

 

各参加者成果物

賞一覧

※ 議論の焦点をより明確にするために、部分的にコンペ形式を導入しております。

・SHU-MAI賞 1点

・出題者賞 1点

・議論賞 1点

 

1. 北川案「嘘から学ぶ設計手法」

北川案|撮影 : 細田雅人

選定図書
タイトル; ディズニーランド化する社会で希望はいかに語りうるか
著者; 長谷川一

要旨; 
外部が不在となった社会において、建築が現実を作り出すものであるならば、そこに嘘が含まれることは自然であり、内部と外部という視点の獲得は新たな建築を生み出す手掛かりになりうるかもしれない。

出題者によるフィードバック; 
ディズニーランドに関する虚構を例に、嘘の認識的な構造の考察を経て、空間における内部と外部の認識に生じる差異に注目し、内部を想像し難い灯篭に着想を得て住宅を設計していた。入れ子構造を用いた内外の段階的な連続性によって、人,家,街と異なるスケールのものを連続的に認識できるようにするという、挑戦的な試みであった。

 

2. 末松案「病円と「The Missing piece」から考える円形住宅」

末松案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; 円+正方形
著者; ブルーノ・ムナーリ

要旨; 
不純なものにこそ豊かさがある。
純粋さを追い求めた幾何学と偽りを意味する嘘が衝突する。操作①暮らしが幾何学を導く2種の扉。②病円:エントランスアプローチと眺望窓

出題者によるフィードバック; 
什器を不可視の領域へと徹底的に排除したその住宅は、正円と正方形により平面が構成される。幾何学を用いた厳正な構成にギリシャ神殿のような整然さを感じるが、こちらは錯視という偽装行為には言及せず、正円の外郭に正方形を、扉に什器を隠すという背徳的な偽装行為によってのみ人間的な疾しさが入り込んでいる。作者は嘘から最も遠いとする純粋幾何学による建築構成を試みたが、その過程に現れた疾しさが嘘らしくなってしまうという二律背反に面白さを感じた。

3. 大池案「被覆論にみる現代建築」

大池案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; 近現代建築史論ゼムパーの被覆/様式からの考察」
著者; 川向正人

要旨; 
木目調のサイディングやコンクリートタイル。本物のように建築を覆うそれらに私たちは騙されているのではないだろうか。ゴットフリート・ゼムパーによる被覆論を読み解きながら、現代建築における被覆を考察した。

出題者によるフィードバック; 
「嘘」を感じるサイディングは壁体を覆うだけの意味のない被覆とし、「本当」のサイディングは意味のある被覆である、という結論を導き出していたが、「意味のない被覆」の耐候性や経済性といった機能に意味があるのではないかと、意味の有無という判断軸が適切でなかったことが指摘された。プレゼンで作者から、被覆は外的条件の差異を受けて具現化された現象であるという被膜論の論考が紹介されたが、レンガのデザインを模していることがどのような外的条件の差異を受けて、どう具現化された現象であるのかを考えることに、作者の疑問の本質があるのではないかと考えた。

4. 廣澤案「取り繕われた虚像」

廣澤案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; ツァラトゥストラかく語りき
著者; Friedrich Wilhelm Nietzsche

要旨; 
固定化された概念から脱却することへの恐れ。現在の世の中において嘘がいたるところに存在してしまっているからこそ嘘を許容し、ましてや求めすらしてしまっているのではないだろうか。

出題者によるフィードバック; 
建築の嘘について、建売住宅の外装におけるデザインの模倣を例に挙げ、心理学的な観点から展開される、なぜ嘘をつくのかという考察が秀逸であった。成果物においては、模倣行為に鏡を用いて虚像を利用したことで、「恐れ」の主体が人間ではなく、椅子そのものになっているように感じた。そのため、根拠の明快な考察に対して提案が寓話的になっており、本人がいた場合はその是非について議論したかった。

5. 栗林案「想像力のきっかけ」

栗林案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; 空想の建築 ピラネージから野又穂へ
発刊; 町田市立国際版画美術館

要旨; 
ドアや階段、ちょっとした空間がある事をきっかけに先にある見えない空間を想像できる。この先には何があるんだろうと頭の中で自由に"嘘"の空間を想像する。毎日街で見る雑居ビルも想像のきっかけになればいいな。

出題者によるフィードバック; 
ピラネージや野又穣の描く空想の建築を考察し、嘘の再現を試みる提案であった。野又穣は、マッシブともミニマムとも取れる無機質なオブジェクトに、内部空間の存在を示唆する目的で、階段や開口のようなスケールを付与するエレメントを描き、「空想の伽藍」を作り出していた。この成果物では、既に内部空間の存在が明らかである実存のビルに対して、更に内部の構成を可視化させる目的でエレメントの操作を行っていたために、「空想の伽藍」が形成されるに至らなかったと感じる。

6. 鈴木案「暗示と示唆の言語」

鈴木案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; The hidden dimension
著者; Edward T. Hall

要旨; 
消失点を消失させる。限定性を通して無限なるものを呈示する。ある一地点において側壁も天井も床も消失し、人の記憶や経験を統合化した知覚世界が現れる。その空間を意味において汲み尽くすことも限定することもできない。

出題者によるフィードバック; 
模倣という限定性が無限の可能性を広げるのではないかという考察が魅力的だった。成果物は錯視を用いたコンセプト模型であったため、本質的な議論には至らなかったのが惜しく感じた。建築の嘘の有用性について思考していたという点では、出題意図に即しており興味を惹かれた。

7. 田川案「無垢の階段」

田川案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; 演出についての覚え書き
著者; フランク・ハウザー/ラッセル・ライシ

要旨; 
建築において、嘘をつくという行為を演出することとして捉えた。舞台劇における劇作家、演出家、俳優、観客、舞台を施主、建築家、オブジェクト、利用者、場と対応させて、階段の演出を試みた。

出題者によるフィードバック; 
嘘を具現化する方法を、舞台の構成要素に置き換えて一般化しているという点で、巧妙さが光った。実際に建築設計に応用する際のビジョンが明確に示されていると、さらなる議論の展開が期待できた。

8. 森案「疑え、さらば開かれん」

森案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; 虚数:なぜ虚数は必要なのか。何の役に立つのか。
著者; ニュートンプレス

要旨; 
複素数は「想像上の数」である虚数により現実の部分と架空の部分が可視化され、新たな次元が誕生。人間の生活に2つは常に存在。その一部である建築において嘘は多次元的に空間を捉えるきっかけとなるのではないか。

出題者によるフィードバック; 
虚数による嘘のモデル化と、そこから空間の話への飛躍が秀逸であった。イマジナリーが作り出してしまった新たな次元を、原広司の言説に基づいて具体的な形で提案していることに好感を持てた。嘘によってその信頼性が揺らぎ得るという、空間や建築の意外な脆弱性を問う出題意図に、最も即した論考を示してくれたため出題者賞に選出した。

(出題者賞受賞作品)

9. 半田案「ラビリンスの入り口」

半田案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; まど-日本のかたち-
発行; 日本板硝子協会

要旨; 
実(マテリアル)を超えた虚(イメージ)を作り出した時、建築は私たちに嘘をつく。躙口をアナロジーに、室内の環境を少し調整するための「マド」を設計。その開口の先の風景は、対峙する人の心象の中にのみ現れる。

出題者によるフィードバック; 
嘘を単なる事象としてでなく、現象として扱っているという点でユニークな提案であった。複数の言説に基づく、虚と実に関する考察から論理づけられた作品は、現象のもつ曖昧さとは反対に、最も明瞭に具現化されているという対比が魅力的であった。

(議論賞受賞作品)

10. 細田案「名俳優」

細田案|撮影 : 半田洋久

選定図書
タイトル; なぜフィクションか? ごっこ遊びからバーチャルリアリティまで
著者; ジャン=マリー・シェフェール

要旨;
プラトンアリストテレスの言説から、建築に嘘を肯定的に用いる手法を模索した。典型的なワンルームアパートの間取りを基にした、過密都市を生きる現代人が自己を守るための装置としての家である。

出題者によるフィードバック; 
出題者につき無し

(SHU-MAI賞受賞作品)

発表と質疑の様子

 

提案が一堂に会す|撮影; 半田洋久, 細田雅人

見学者多数につき、見学者票で鈴木案と細田案の決選投票を行う|撮影; 細田雅人

出題者総評

嘘について多種多様な学問分野からの考察が集まったことを嬉しく思う。考察からの試みも各々の様々であり、北川案は嘘の構造について、末松案は嘘と真実の分離、大池案は何が嘘たらしめているのか、廣澤案はなぜ嘘をつくのか、栗林案は嘘の再現、鈴木案は嘘の有用性、田川案は舞台を用いた嘘の具現化手法、森案は嘘のモデル化、半田案は現象としての嘘の具現化、と出題者の想定を超える思考を繰り広げてくれた。
成果物に関しては、嘘という実態を捉え難いテーマであったが故に、考察に留まったものや抽象的な手法のコンセプチュアルな提案に落ち着いた作品が多い印象を受けた。
出題者賞には、嘘を虚数によってモデル化し、リアリティのある具体的な設計の提案に落とし込んだ森案を選出した。実態を持ったリアリティのある提案という点では、半田案も挙げられるが、嘘と建築の関係について、より出題意図に即していた森案を選んだ。
今回の出題から卒業設計に繋がるテーマを見つけた者もおり、今後のSHU-MAI文庫にもさらに期待が持てる回となった。

文章 : 細田雅人

次回のテーマ

第3回テーマ :『記憶』

第3回フライヤー|デザイン, 出題 : 田川歩知



課題文; 

何でも構わない、記憶を思い起こして欲しい。その記憶は視覚的記憶がほとんどで、その他の感覚による記憶は任意で想起するのは難しく、何かに呼応して反射的に想起される。人に刻まれる潜在的記憶を内包した空間、建築を考えてもらいたい。

補足文1; 

視覚による記憶は思い出そうとしたら直ぐに思い出せる。一方、匂いの記憶は容易には思い出だせない。だからこそ思い出したとき、その時の情景や感情が頭の中を鮮烈に埋め尽くす。プルースト効果という名前すら付いている。嗅覚以外にも、触覚や聴覚、味覚(そうでもないかもしれないが)などの感覚による記憶は、記憶としてのポテンシャルが高いのではないかと思う。もちろん視覚とセットでフラッシュバックしたり、視覚こそ鮮烈に情景を思い起こすトリガーであったりするだろう。視覚と共に、或いは視覚以外の感覚だけで創られる記憶的空間の可能性を考えたい。「沈丁花の香りをかぐと小学校時代の春先の下校の風景を思い出す」といった極めて主観的観測でも構わない。「壁のテクスチャを特質なものにしてその空間特有の体験を触覚的記憶として覚えさせる」といった起こりうる未来の記憶でもよい。あなたの創り出す記憶的空間を提案して欲しい。

補足文2; 

このテーマにおける記憶は非陳述記憶であり、言葉で表現できない記憶である。つまり、単語やスペル、事象の順序の記憶ではなく、何かしらの情景や感覚、感情を思い起こしたものである。デジャヴ、懐かしい街並み、匂いを嗅いだときの感情、掌で覚えた安心感、トラウマ的音響。特定の記憶を思い出させる装置なのか、空間の体験を覚えさせる装置なのか、いかなるものでも構わない。参加者の記憶に鮮烈に残る作品を期待する。

 

詳細

|日程・・・・5/10 (金)
|時間・・・・18:00~21:00 (予定)
|場所・・・・豊洲キャンパス 本部棟9階 ラウンジ
|成果物・・・選書1冊, 任意の表現物
|参加資格・・芝浦工業大学の学生であること
|展示場所・・豊洲キャンパス 本部棟9階 原田研究室ブース 可動棚(画像参照)

内部展開催場所
注意事項

※ SHU-MAI文庫の要項については「SHU-MAI文庫解説」をご覧ください。
※ SHU-MAIはどなたもご自由に見学いただけます。所定の時間と場所にて、メンバーにお声がけください。
※ 詳しくは、展示場所にもなっている原田研究室ブースの可動棚に置かれたフライヤーをご覧ください。どなたもご自由にお取りいただけます。
※ 不明点がありましたら、原田研究室InstagramのDM、または原田研究室生B4に直接ご連絡ください。

 

皆様の参加と積極的な議論と表現をメンバー一同お待ちしております。

 

原田研究室 Instagramhttps://www.instagram.com/harada.lab/

 

外部展 詳細

前期の通り、芝浦生でなくてもご覧になることができるSHU-MAI外部展を行います。
展示の内容や詳細、フライヤー等は少々お待ちください。

展示期間内は「SHU-MAI文庫」メンバーが在廊し、イベントなども計画しております。

|会期・・・7/2 (火) ~ 7/4 (木)
|時間・・・9:00 ~ 17:00
|場所・・・芝浦工業大学 豊洲キャンパス 有元史郎記念交流プラザ
|入場料・・無料

 

|SHU-MAI文庫 第3回『記憶』はこちら → https://hmstudio.hatenablog.com/entry/2024/05/14/020153

 

執筆 : 半田洋久