Harada Masahiro Lab

原田真宏研究室ゼミ活動 「SYU-MAI」HP

134回「名称未設定。」

フライヤー制作:曾原翔太郎

【出展者一覧】

河本一樹|原田研究室B4

岩田理紗子|原田研究室B4 

川村寛樹|原田研究室B4

曾原翔太郎|原田研究室B4

東尚生|原田研究室B4

長谷川奈菜|原田研究室B4

末松拓海|芝浦工業大学建築学部B2

半田洋久|芝浦工業大学建築学部B2

細田雅人|芝浦工業大学建築学部B2

 

【課題文】

 第0回の課題文にある通り、我々学生は指導的立場に在る人々からの問に対し応えるのみである。このとき、学生は課題文と同時に制約を受け取る。制約は設計手法を知らない学生のための支援となり、思考のプロセスを誘導する役割があるのだ。

 
 世界で最も成功した美術館のひとつであるMoMAでは、絵画や彫刻だけでなく、写真、映画、建築にも独立したキュレーター部門を設け、多角的な展示を行っている。(引用 著:難波祐子『現代美術キュレーターという仕事』)この現実がある限り、建築は芸術の一分野に数えられてもおかしくは無い。しかし、先に挙げた5分野の中で「建築」だけ異質な存在である。建築のみが、初めから敷地条件や法規、クライアントの意向など、目を背けられない制約が存在し、まっさらなキャンバスを目にすることがないのだ。
 
「建築を学ぶ人は、制約がないときどのような作品を創るのだろう」
 
私は非常に興味がある。四半世紀も生きていない若人が、どのようなものを作るのかを。
 
 参加者に完全にまっさらな状態から作品を作って貰いたいが、それは「完全にまっさらな状態から作品を作ってください。」という制約を設けることになり、矛盾が生じる。そのパラドックスをできる限り回避すべく、参加者に「名称未設定とはどういうものなのか」ということを考えて頂きたい。
 
Illustratorを起動した時、最初のドキュメントは「名称未設定.ai」で保存される。大学生活の殆どを制約の元で過ごしてきた建築学生は、名称未設定の白いキャンバスをどう捉えるのだろうか?

(出題:曾原翔太郎)

 

課題

「名称未設定」というテーマのもと、任意のインストゥルメントに歌詞をつけよ。そして、完成した楽曲をビジュアル化せよ。

 

提出物

・インストゥルメントを聴くことのできる媒体(YouTubeのリンクやMP4など)

・歌詞カード(PDF、大きさの規定はない)

・ビジュアル化した作品(インスタレーションやドローイング、映像作品など形式は問わない。また、その作品には歌詞以外の説明文をつけてはならない。)

 

【出展作品】

今回、カメラの設定ミスで十分な品質の画像を用意できませんでした。ご了承ください。

①『kiss me, girl, you』河本一樹

歌詞カード

 この歌詞カードをみた鑑賞者たちは、グーグル翻訳を片手に必死に歌詞の内容を理解しようとしていた。一見、少女になにか言いかけている状況が彷彿される。

 君が代のメロディに合わせて彼の歌詞を歌ってみると気づくかもしれない。日本語の歌詞で歌ったときと口の動きが近いことを。

 河本は、君が代を心から歌えない人々、気持ちよく歌えない人々に対しての「もうひとつの君が代」を提案した。

ビジュアル化したドローイング(デジタル)

音源:国家『君が代』

 ビジュアライズされたドローイングは、宮古島に建てられたメモリアル施設を想定している。宮古島は、第二次世界大戦時の慰安婦問題で話題になった島だ。通常、君が代は国家の祭典や式典で流される曲であるが、慰安婦の被害者たちは国家のメロディを聴くたびに辛い思いをしているだろう。作者は「慰安婦が気持ちよく君が代を聴ける、歌えるようにした。」と述べている。

 建物は閉じた箇所が玉音放送が行われた方向を向いており、反対に海と空に向かって開いている。この建物を通じて、海や空につらい思いをはせることができるのだ。

 この歌は君が代を「名称未設定」に戻し、新しい歌詞を与えることによって社会問題を一つ解決している。これから国歌を斉唱することがあれば、宮古島で苦しい思いをした人々はこの歌の解釈で国家を斉唱しているかもしれない。

 

②『I Think』岩田理紗子

歌詞カード

音源:『I Think / Hayato Hioki』

 

 愛知県発のロックバンド、EASTOKLABのボーカルがソロで出したこの曲の再解釈に取り組んだ岩田。曲の中では同じメロディーが何度も繰り返されながら、バックグラウンドのビートや和音は徐々に厚みを増していく。

 岩田は、メロディーが時間軸だと考えた。生きていく中で、時間とともにあらゆる新しいものが増えていく。その新しい者に自分の知識は追いついていかない。しかし、すべてを理解しなくてもいい、曖昧なままでもいい。

ビジュアル化した作品

 ビジュアライズされた作品には、絵の上にトレーシングペーパー(透ける紙)がかけられている。鑑賞者たちは「何の絵が描いてあるんだろう?」と紙をめくるが、そこにはこれ以上めくれないトレーシングペーパーがあった。

 曖昧なものがあってもすべては知らなくていいんだ。そういう思いが込められた作品だった。

③『名称設定』細田雅人

歌詞カード

 

音源:オリジナル音源

youtu.be

ビジュアル化した作品

 細田は、日常で様々な体験をする私たちは、無意識に「確証を設定」していると主張する。名称未設定とは、「確証が設定されていないので、認識できていないものだ。しかし、確証を設定することによって認識できるようになる」と考えた彼は、日常を切り取った映像作品を制作し、日常で生まれた音をインストゥルメントに、声を歌詞に当てはめた。

 普段からフォトグラファーとしても活動する彼の映像は、技術による表現もみられる。たとえば、フレームレートを落としてカクついた映像にしているのは、確証が設定されていないあいまいさが表現されている。また、歌詞に目が行くように、映像の情報量(色)はかなり抑えられている。

 

④『2:23AM』川村寛

歌詞カード

音源:『2:23 AM / しゃろう』

 

 作品のインタラクティブ性を大切にしてきた川村は、今回はあえて課題に真正面から挑んだという。

 作品の内容は、彼が普段から考えている「名前」についての疑問だ。

「僕は寛樹っていう名前がついているけど、もし違う名前で全く同じ環境で成長してたとしたら人格は今の僕と違っているんだろうか?」

「仮に生まれてくるはずだったのに流産で生まれてこなかった兄がいるのなら、その兄が自分の名前を付けていたのだろうか」

 

 歌詞には素敵な比喩がいくつも織り交ぜられている。吐息を混ぜあう(性行為)、0.1ミリの義務(避妊具を表現している。音がはまれば0.01にしたかったそうだ)、悲しみ(流産のことだろうか?)など。また、ストーリーや感情をまっすぐに表現するところは、BUMP OF CHICKENのファンである彼の音楽センスが垣間見える。

ビジュアル化した作品

 ビジュアライズされた作品にある時計は2時23分で針が止まっていた。(画像では2:43で止まっているが、ゼミ後修正して展示された)これは、受精した瞬間を表現しており、さらに使った曲名をファジーに伝えている。そこから楽曲を作ったしゃろう氏へのリスペクトも感じる。

 課題に真正面から取り組んだとのことであったが、多くの比喩が使われているインタラクティブな作品であった。彼の作風が色濃く出たのではないだろうか。

 

⑤『Chopin:Etudes, Op.10:No.6 より』曾原翔太郎

歌詞カード

音源:『Etudes, Op.10:No.6/Frédéric François Chopin

 

 「愛は時に空虚である。」

この作品は愛する人との間で生まれた空虚さを表現した作品である。

 

 選ばれたインストゥルメントは、クラシックピアノの定番、ショパンの練習曲から10-6だ。この曲はマイナースケールの音楽で暗い雰囲気をまとっているが、途中でメジャーに切り替わる部分がある。「これほどにない幸せ」の部分でメジャーコードに切り替わる。「火照る顔」の部分からはクレッシェンドで曲が盛り上がるが、歌詞も曲の盛り上がりに比例して激しくなっている。

 また、序盤と終盤の同じ歌詞の部分は、まったく同じでありながら異なる意味に感じる工夫が凝らされている。ストーリーの感じ取り方は人それぞれで良く、インタラクティブな作品だといえよう。

 

映像作品はこちら

www.youtube.com

 

 ゼミではいくつかのストーリー解釈がなされた。

⑴「赤色の口紅」は女が殺されたときに出た血であり、口紅ではない。「黒い待ち合わせ」は、序盤の部分はデートの待ち合わせで、終盤の部分は葬式(死んだ女と生きている男の待ち合わせ場所)である。

⑵「白い肌に口紅が」の時点で女は死んでいる。映像は過去を表しているが、歌詞は現在を表している。

⑶ふたりは不倫している。「黒い待ち合わせ」とは、会ってはいけない人との待ち合わせ。「火照る顔」の部分からの盛り上がる部分では不倫相手と性行為をしたが、事後に空虚さを感じている。

 あなたはどのようなストーリーを思い浮かべるだろうか?

 

⑥『天気模様』長谷川奈菜

歌詞カード

音源:『InsPirATioN/Mrs.GREEN APPLE

 

 設定がないとき、何かを作るのが難しく感じたという長谷川。私たちが普段考える建築の設計は、法規や敷地情報といった制約がある。制約がないときに作品作りが難しくなるのは、芝浦建築のカリキュラムでサイトスペシフィックな手法が求められているからだろう。

 彼女は、最終的に自分の感情が作品のトリガーになると考えた。歌詞の中では天気のことが描写されており、天気が感情に大きく影響するということを表現している。

 

ビジュアル化した作品

 ビジュアライズされた作品では、インストゥルメントを聴いてるときに自分の中で絡み合った様々な感情(嬉しさ、怒り、楽観)が表現されている。もう一度歌詞を見てみると、歌の中でもその3つの感情が描かれている。

 作品作りが進まなくなったとき、一度自分の感情に問いかけてみると何か見えてくるのかもしれない。

 

 

⑦『名称未設定あるいは無題』東尚生

歌詞カード

音源:映像作品参照

 

 映像作品は、東が過去に制作したものであり、すでにタイトルがついていた。しかし、この作品のタイトルを奪うことで鑑賞者の先入観をなくす。タイトルを奪うという操作で名称未設定を表現した作品だ。

 

映像作品はこちら

www.youtube.com

 

 

ビデオの概要欄にはこのように説明がなされている。

光には“動く”、“消える”、“照らす”といった様々な表情がある。音や色も同じように表情を持っている。そこで、あるストーリー上における主人公の心情の変化(喜怒哀楽)を直喩的な「人の表情」ではなく、隠喩的な「光・音・色の表情」によって表現した。

筆者が映像を見たとき、主人公の人生を表現したように見えた。

 あなたはこの映像を見て、どのようなストーリーを思い描いただろうか。白紙の歌詞カードにあなたの歌詞を書き下ろしてもらいたい。

 

⑧『勘違い』半田洋久

歌詞カード

音源:『MUJI BGM 17 Ireland2

 

 作品に取り組むにあたって「名称未設定」とは何かをまず考えたという。その結論として「我々が認識していないもの。あるいは未分類であるもの。」という答えを導き出したという。

 彼はひとつのエピソードを話した。

無印良品で買い物をしているとき、白いシャツの解説文を読んでいました。店内で流れているBGMがふと耳に入ってきて、目の当たりにしている文章がまるで歌詞かのように思えてきたんです。文章とBGMは全く関係のないものなのに、脳内で恣意的に関係性を生み出していた自分がそこにいたんですよ。」

 このエピソードは、名称未設定のもの(我々が認識していないもの)から、何かしらの価値を導き出した経験だといえるだろう。主題の捉え方が文化人類学の引用ともいえた彼の作品は、今回の出展作品の中でもっともアカデミックだった。

 

ビジュアル化した作品

⑨『錯覚』末松拓海

歌詞カード

音源:映像作品参照

drive.google.com

 

 この作品は、『田園/玉置浩二』『恋/星野源』『新宝島/サカナクション』のイントロをつなげたものである。この3つの曲を知っている人は曲の切り替わりが解るが、知らない人は1つの曲と錯覚して聴こえる。

 歌詞にある「夜」は切り替わりを、「渇き」は終わりを、「水」は切り替わった世界を比喩しているそうだ。

ビジュアル化した作品

 歌詞の比喩がさらにビジュアライズされている。おそらく、グレーの箇所にいた人は透明の箇所で「名称未設定」を味わうことを表現したのだろう。空間の切れ目を音楽で表現した、きわめて建築的な作品であった。

 

【総評】

 制約の少ない今回の課題に皆苦しめられたようだったが、様々な解き方が散見された。研究室外から参加した3名は歌詞とインストゥルメントの関係性を重視しなかった。反対に、研究室内のメンバーはその二つの関係性を重視した。そのうち2つの作品は作詞にフォーカスしていなかった。この違いは、作品制作のプロセスの差が如実に出ていることを示唆している。

 また、普段の建築設計と大きく異なったのは、「制約が限りなく少ないこと」と「無形物(インストゥルメント)をトリガーに無形物と有形物の両方を作る」ことである。通常、業界内での経験値に比例して制作のプロセスは一つに定まり始める。4年生は建築を学んで4年が経過し、各々の手法を確立し始めるが、今回の課題を通して新たな手法を強制的に活用することになった。出題者の目論見が結果に表れ、成功した回であったといえるだろう。

 

文責:SHU-MAI係 曾原翔太郎

 

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